先日訪れた寺尾永福寺のご子息に教えられた甘楽町の講演会に行ってきた。
作家・伊東潤氏による「織田信雄 その生涯を追う」と題した講演会。
甘楽町は織田信長の次男・信雄が初代藩主となった小幡藩が置かれた町だ。
甘楽町民の日の記念事業ということで、500名収容の大ホールは立ち見も出る満員大盛況。
冒頭の町長挨拶によれば「町の歴史を知り誇りを持ってもらいたい」いうのが開催趣旨とか。
だが伊東潤氏による信雄評は手厳しい。
信長に無断で始めた伊賀侵攻に敗れて叱責され、本能寺の変では安土城を炎上させたり、
小牧長久手の戦いでは同盟した家康に無断で単独講和し、
さらに小田原征伐では秀吉の移封命令を拒否して改易されるなど、
優柔不断で時流を見る目が無い武将であると。
客席に苦笑が広がり、
後ろの座席からは「良いとこ何にも無いなあ」との地元と思しき人の呟きも聞こえる。
一般的には「愚将」とされる「織田信雄」をテーマに講演会を開催した甘楽町当局の勇気に敬服。
終演後、信雄が築いたとされる庭園「楽山園」を見学した。
復元修復中の楽山園は冬枯れの美しい姿を見せてくれたが、
城跡の一角にある銅像に違和感を覚えつつも微笑んでしまった。
それは滑稽な顔をした二人の武者が餅つきをしている像だった。臼には「天下」の文字が彫られている。
「織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに食らう徳川」という言葉を思い出した。
講演会といい銅像といい、なんとユーモアのある町だろう。住んでみたくなるような町だ。