安曇野の潮沢の奥、筑北村との境の尾根上にある鬼ヶ城。鬼女紅葉が物見をしていたという伝説が残るこの
山城を攻めたいものと、かねてから地元の方にお声掛けをしていたところ、タイミング良くお誘いを受けたので、
行ってきました。
国道403号の矢越トンネルの安曇野側入口の右手斜面に取り付いて登り詰めると20分ほどで尾根。
こちらは青息吐息だが、さすが地元の方は鍛え方が半端でなく、こちらより年上なのに息も切らせていない。
城跡まではこの時期ならではの快適な尾根道歩き。油断していると通り過ぎてしまう可能性もあると聞いていたので、
ちょっとした地形の変化に注意しながら歩いた。しかし、城跡はすぐに分かった。
別名で物見岩砦と言われている通り、幾つかの巨岩が岸壁をなして潮沢方面を威圧していた。
人工的な遺構の跡は見られないが、自然地形を生かす形で小屋掛け程度は可能な平場がある。
戦国末期に松本に復帰した小笠原貞慶に滅ぼされた青柳氏の物見跡と考えられている。
青柳氏は筑北村の青柳城に本拠を置く豪族で、武田時代は武田方についていたが小笠原氏の復帰で貞慶に従ったが、
上杉氏との内通を疑われて松本城内で誅殺されてしまう。一族は穂高に逃れて匿われていたが、
後に穂高神社の神職となって穂高氏を名乗り、江戸時代には大祝を務めている。
青柳氏がどのような経緯で先の穂高氏に取って変わったか不明だが、
小笠原氏に滅ぼされた青柳氏が小笠原氏のお膝元の穂高神社の大祝になるなど歴史の妙を感じる。