姫川は私にとって遠い記憶を呼び覚まさせる特別の川だ。
小学生のころ松本から富山に引っ越すことになって、大糸線のSLに乗った。
大糸線のトンネルで煙にむせびながら新しい土地への不安が募る。
しかし、トンネルを潜りぬけて外の空気を入れるために窓を開けると、
眼下の姫川渓谷を眺めて明るい気分になったことを覚えている。
その後も夏休みなどに松本と富山を大糸線で往復することがあり、
姫川を見下ろすたびにその折の気持ちが鮮明に蘇ってくるのだった。
もう十数年も前になるが仕事で東京から白馬詣でをしていた時期があり、
その気になればいつでも姫川源流を訪れるチャンスはあったのだが、その機会を逸してきた。
つい最近、姫川源流の梅花藻が見ごろとのニュースがあって、
安曇野では梅花藻そのものは別段珍しくはないけれど、思い立って姫川の源流なる場所を見たくて訪れた。
「大河の水も一滴から」ということで、
かって訪れた千曲川や多摩川のような頼りなげな湧出口を想像していたのだが、
姫川の源流は湿地帯から昏々と湧き出し、すぐに田園地帯を流れる小川となる。
下流に降って険しい渓谷を作り出すなど想像もできない穏やかな流れだ。
梅花藻はその清流の中に小さな白い花をはじけさせていた。