水温3.5度、活性が低いのか、はたまた魚がいないのか、それとも既に何人もの釣人が通りすぎた後なのか、遡行を開始してから二時間、魚信もなく魚の気配もない。
木々はいまだ芽吹かず、緑は堅いつぼみの中、岩肌から浸み出す森の滴も凍り付いたまま。それでも久しぶりの渓流、一歩一歩岩を踏み締め、流れを横切り、岩壁をよじ登り、思い出したように岩陰から竿を出す。その瞬間だけは緊張するが、あとはリュックに取り付けた鈴の音を楽しみながら遡行。清水が湧き出す周辺に漸く葉を広げた山葵の群落を見つけた。小指ほどもない青い根を冷水で濯ぎ、噛みしめると山葵特有の辛味が口の中にひろがり胃に沁みわたる。大きめの株をいくつか選んで魚篭にいれた。すでに釣果を求める気持ちは失せている。
淀みの中に魚影を見つけて眼を凝らす。山女魚か?いや虹鱒だ。体側がほんのり赤みを帯びている。こんなところまで来て虹鱒だなんて、とぼけたヤツだ。緩い流れの中に20センチほどの魚体をゆったりと浮かべている。こんな場合釣れたためしはないが、暫し遊び相手になってもらおうと、
何度か竿を振って鼻先まで餌を流したが、やはり見向きもしない。こうなったら奥の手、K++特製ルアーで狙ってみようと、コンパクトロッドを伸ばして第一投、すぐにヒット!
バシャバシャと身悶えしながら上がってきたのは、しかし岩魚だった。錆が僅かに残る魚体を手に、一瞬リリースか否か迷うが、山葵の入った魚篭に滑り込ませる。淀みの中に再び眼をやると、くだんの虹鱒は定位置で悠然と泳いでいる。
不運な岩魚だ。リリースすべきだったか?
後はひたすら谷を登り詰めて納竿。はて、あれはこの沢で最後の一尾の岩魚だったのか、山葵よりも苦い心持ちがこみあげてきた。
日時 1996年4月6日(土)11時〜15時30分
場所 埼玉県荒川村大血川
天候 晴
仕掛 餌釣り ブドウムシ ルアー釣り K++特製ルアー
釣果 岩魚 22センチ 1尾
山葵少々 蕗の塔少々