二十数年前に訪れた時には石垣だけが残る文字通りの城跡だった。
海津城址として残すべきか、それとも松代城として復元すべきか、地域振興にとっては選択の余地はなかったのかもしれない。
現在は訪れるたびに復元工事が進捗し往時の松代城が着々と再現されつつある。
隅櫓跡に登ると謙信が陣取った妻女山が指呼の間に見える。
NHKの大河ドラマの影響で川中島を中心に訪れる観光客が増えたが、これも一時的なことだろう。
史跡を観光地化しようという試みは様々な困難を伴う。
その最たる点は、観客に学習と想像力を要求することではないかと、ふと考えた。
蛇足ながら、海津城に二万、妻女山に一万三千、それぞれの軍勢が臨戦態勢で展開している様子を想像してみた。
こんな狭い地域に大軍がひしめき合って糞尿の処理はいったいどうしていたのだろうか、などと余計な心配をしてしまった。