「女工哀史」で知られる野麦街道沿いの奈川。松本生まれの私にとって憧憬の地、かって一度ほんの一時だけ竿を出したことがあるが真面目にやるのはこれが初めて。上高地でイワナ釣りして一夏を過ごしたことがあるという叔父。奈川あたりには嫌になるほど釣れる渓があるとか。一度釣りに連れて行ってくれると約束したまま昨年他界した。
FNの仲間に誘われてやっと訪れることができた奈川の渓。ここが件の渓だとは断定できないが、路傍の石仏も石碑も何故か懐かしい。この渓に入るために昨夜のうちに東京を出てきた。目指す桃源郷はその石碑が目印。
しめしめ、林道入り口はチェーンで閉ざされ、誰も入った様子がない。身支度を整えて渓に降り立つ。まず眼に入ってきたのが山ウド。周囲に目を配るとあるあるあちこちにある。蕗もミズも生えている。
待て待て、本日は正しい釣り師、いやフライマンに徹するのだ。自分に言い聞かせてフライに糸を通す・・・・通らない。老眼鏡もそろそろ度数が合わなくなったか、鬱陶しいことだ。
ロッドもリールも新調したて、まだ一度も渓魚の躍動を体験させていない。自分で巻いたフライをキャスティング。心なしか巧くなったような気がする。でも出ない、出てくれない。
立木に獲られてフライを交換していると、渓流添いの林道を軽快に通りすぎていく人影。姿形からして餌釣り師。おっと先回りして入られたらもうお終い。それから後は足跡ばかりが気になって、心安らかならずして納竿。道すがら手頃な山ウドを一本抜いてボリボリ囓りながら道を降った。
せっかくここまで来たのだからと、野麦峠まで車を走らせる。
昨年登った乗鞍岳が雄大な山容を見せてくれた。ウエーダーを履いたまま眺める山はことのほか明るくて陽気だ。再び渓に潜り込むのはなんとなく気が乗らず、しばし残雪に輝く乗鞍岳に見とれていた。
仲間からの携帯電話。藪沢に潜り込んだ連中はそこそこの釣果を上げてこれから温泉に入るところ、後発の仲間も到着したので昼飯でも喰おうと。10数年来のFNのパソ通仲間5人が勢揃いして近況報告もそこそこに午後からの入渓場所を相談する。
午前の部は餌釣りに軍配が上がったようで、節操のない私はフライから餌に切り替えて藪沢に降り立つ。午前中に釣果があったとはいえまだ時間もそう経ていない。疑心暗鬼で振り込んだ第一投にチビイワナ。でもそれで終わり。本流に戻って今度はフライ。節操の無さに我ながらあきれ果ててはいるのだがどうにも止まらない。
で、そろそろキャスティングに飽いた頃、自分で巻いた粗製濫造カディスについに出た!待望のこの引き、この感触、ウヒウヒ。ん?腹びれが赤い!腹が黄色い。なんだウグイか?しかも鈎は尾びれの根元にしっかり食い込んで逆さ吊り状態。でもよく見ると紛れもないニッコウイワナ。からかい半分に出て来たのだろうが尾びれで叩いて引っかかってしまった悪戯イワナ。その色合いをじっくり愛でてから納竿。
流れのすぐ脇にある温泉にのんびりと浸ってから仲間が集まる釣り宿に向かう。山菜尽くし料理に舌鼓を打ち、美味い酒を飲み交わしながらオフラインドリンキングの夜は更けて行くのであった。