武田信玄に攻略されて204人の戦死者を出した平瀬城で行われた狼煙祭りに呼応して岩原城でも狼煙を上げることになりました。
平瀬城では大勢の見物客が集まって陣太鼓や火縄銃の射撃など華やかな狼煙祭が挙行されましたが、
こちらは初めての試みということもあって、少人数によって粛々と実施されました。
岩原城の主郭からは木立に邪魔をされて平瀬城の狼煙が見えないので、スマホで打ち上げのタイミングや目視できるかを確認し合っています。
生の杉の葉が吐き出す白煙は想像を超える迫力で頭上を覆う木立をすり抜けて昇っていき、平瀬城側からはもちろん堀金や豊科からも見事に確認できたようです。
考えてみれば、当時平瀬城を攻めた武田軍の前衛には、ここ岩原城の主だった堀金氏が加わっており、謂わば敵同士、狼煙で連絡を取り合うというのも妙な設定ではありました。
因みに、大町市の猿ヶ城でも狼煙を打ち上げたようですが、確認することは出来ませんでした。