川中島古戦場から松代方面に向かうと正面に端正な三角形の山が見える。
標高780mの尼厳山(あまかざりやま)だ。
手力男命が天照大御神がこもった天の岩戸を開けた時、二度と閉められないように
岩戸の隠し場所を探していてひと休みした場所が尼厳山で、
頂上から隠し場所を見つけて岩戸を隠したのが戸隠山だとか。
尼厳山に近い皆神山には天照大御神がこもったとされる岩屋もあるらしい。
壮大な物語だがそれは神代の話。
戦国時代の尼厳山は武田方の侵攻に対して最後まで抵抗を続けた東条氏の山城だ。
その東条氏の居館跡にある玉依比売神社の脇から入山する。
アカマツ林の緩やかな尾根道を快適に歩くとほどなく岩ゴロ地帯。
帯郭なのか土留めなのか、人手が加わった石垣かそれともただの崩壊した岩なのか、
山城の虎口の遺構と思えなくもない。
光背が欠けたり首の無い石仏が並んでいる。ここからが急斜面の本格的な登り。
山城の遺構を思わせるようなものは何処にもなくひたすら登る。
尾根筋に出て暫く歩くと木立のなかに忽然と石組みが現れた。
山歩きのガイドによると古墳だと説明されているが、紛れなく山城の石垣だ。
高さは1間、幅3間ほどで上部は削平されていて、当時は番小屋でも建てられていたのだろう。
石垣の背後からは巨岩の間を縫いながら登る。ところどころに岩棚があって、
その昔には兵が潜んでいたのだろうと夢想するのも面白い。
大岩の上に立つと松代の町並みと海津城址や妻女山が展望できた。
ロッククライミングの練習場だという岩場もあって、
おりしも一組の若い男女が切り立った断崖に挑戦中だった。
空堀や帯郭、段郭など山城の遺構は巨岩帯を抜けた稜線上に現れた。
山頂の本郭は南北に3間、東西に6間ほどに削平されており、井戸跡らしき窪みがあった。
奇妙山に続く東側には数段の段郭が築かれているようだ。
山頂標識も説明看板もなく、4等三角点の標識だけ。
それにしても、よくもこんな山奥に城を築いたものだ。
守るに易く攻めるに難い、文字通り難攻不落の城に思える。
この城を攻め落としたのは武田方の真田幸隆ということだが、
智将真田のことだ、さぞや意表を突く攻撃を仕掛けたことだろう。
機会があったら山城の攻防戦についてゆっくりと調べてみたいものだ。
本郭の木立の合間から戸隠山、高妻山、飯縄山が眺められた。
往復3時間弱の静かな山歩きを堪能した。