これは「エッセイ」というよりも「小説」というべきかもしれない。
著者の永い釣り人生のなかで出会った魚や釣り師達にまつわるエピソード。これらを適度に「脚色」することに
よって渓師ならではの興趣ある世界を描き出している。
著者は「獲物に対して極めて無邪気な習性を持つ」餌釣り師。
密かに疑似餌派のキャッチ&リリースに敬服し、「釣りと殺生という二律背反するジレンマに悩み続けている」という。
釣った魚をリリースできたらどれだけ気が楽だろうと考えるが、どうしてもリリースだでき
ない。それはヘビースモーカーが禁煙を決意しながらもいつも失敗をしてしまうのに似ている。
著者がそんなジレンマに陥ったのは、ある時僧侶のフライフィッシャーと釣行したことに始まる。
熊が出没するというので敬遠されている渓流に二人して釣行する。もちろんプレッ
シャーのない渓流は絶好調。和尚は釣っては釣ってはリリースし、
著者は釣った獲物はしっかりキープ、魚篭に魚を満杯にしながら遡行する。
しかし、和尚に釣られた魚は自由の身となり、著者に釣られた魚は確実に命を落とす。
同じポイントに棲む魚がどちらに釣られるかで運命が両極端に別れるのだ。こうして著者は
「釣りと殺生」のジレンマに目覚めてしまう。
そんなある日、著者は和尚から告白を受ける。リリースを信条としている和尚が50セン
チオーバーの大イワナを釣り上げるに至って、リリースどころか密かに剥製に仕立て上げて
いたというのだ。著者のジレンマの原因を作った和尚が実は煩悩に悩まされていたというお話。
数釣りから大物狙いへ!著者はそこにジレンマからの脱出口を見いだしたかにみえる。
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