平井川と不動沢出合いにある不動尊の脇に鎮座する苔むした石仏が登山口の番人。そこから杉林の中の比較的整備された道を登り始める。多摩近辺の山々は暗く寒い杉林が特徴。今日は寒気も緩んで風が無いことが救い。
登る道すがら「鳥の鳴き声もしないし獣の気配もない山ね」とかみさん。そのとたんに頭上から「コトコトコトトト・・」とキツツキが木を突っつくような音、暫くすると「クワックワックワッ!」と声がする。こちらも真似をして「クワックワックワッ!」と返す。しばしの沈黙の後再び「クワックワックワッ!」と返してくる。「やめなさいよ」と気味悪がるかみさんの声を無視して暫し戯れに繰り返していると、今度は「ミャーミャーミャー」と甘えた猫の声。そんなことの繰り返しがあって、最後に「カァ〜カァ〜カァ〜」と正しいカラスの鳴き声で見送ってくれた。芸達者なカラスがいるものだ。
30分ほども登ると杉木立が切れて明るい日溜まりの中にベンチがある格好の小休止ポイント。いくつかの岩石に囲まれて馬頭観世音の石碑と祠、そして「顎掛岩」の看板。日本武尊が蝦夷征伐の帰りにこの岩に顎を掛けて関東平野を眺めたとの説明。顎を掛けるにはチョイと無理な姿勢を強いられそうな何の変哲もない岩がゴロンと無造作に転がっていた。
顎掛岩からは再び杉林のなかの道をおよそ30分。階段状の坂道を登り、左手に大岳山が見えてくると、降りてくる登山客の姿も増え、MTBの若者の姿も目立つ。最後の階段を登りきるとあずま屋が建つ山頂。思いの外大勢の登山客が思い思いの場所でくつろいでいる。関東平野を眺めながらバーナーで湯を沸かしている者、地図を広げながら丹沢方面の山座を確認している者、御岳山と空中都市のような御師の集落を指してマチュピチュだと叫んでいる者、老若男女で大賑わい。
私は例によって富士山を探す。大岳山から馬頭刈山への尾根筋の何処かにひょっとしたら見えるはずだ。しかし、大岳山は木立に隠れて見えない。諦めて御岳山方面を眺めながら食事。その間にも御岳山方面から次々と登ってくる。どうやら御岳山からのコースが一般的なコースらしい。御岳山〜日の出山〜つるつる温泉と歩くコースだ。今回も我々は逆コースを登ったようだ。
山頂での至福のひとときを終えて周囲の山々を見渡したら、やっと富士山の姿を発見した。名も知れぬ山の陰からこっそりと悪戯坊主のようにこちらを窺っているかのようだ。周囲の人々に教えたい衝動に駆られたがかみさんにだけ「見えた!」と囁くだけにした。すると「好きね」と一言。富士山が見えたぐらいで感動するのが不思議らしい。