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安土城址

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安土城大手道跡

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2019年5月17日

特別史跡安土城跡 (現地解説看板)

安土城の築城は、織田信長が武田勝頼を長篠の合戦で打ち破った翌年、天正4年(1576)に始まります。 築城にあたっては、畿内・東海・北陸から多くの人夫が徴発され、当代最高の技術を持った職人たちが動員されました。 まさに安土城は天下統一の拠点となるべく当時の文化の粋を集めたものだったのです。 築城開始から3年後の天正7年には天主が完成して信長が移り住みました。
しかし、その3年後天正10年に本能寺の変で信長が殺されると、城は明智光秀の手に渡り、その光秀が羽柴秀吉に敗れたすぐ後に天主・本丸は消失してしまいます。 それでも安土城は織田氏の天下を象徴する城として、秀吉の庇護の下で信長の息子信雄や孫の三法師が入場を果たし、信長の後を継ぐものであることをアピールします。 しかし、天正12年小牧長久手の戦いで信雄が秀吉に屈すると織田氏の天下は終焉を迎え、翌年安土城はその役目を終えて廃城となるのです。 その後江戸時代を通じて信長が城内に建てた総見寺がその菩提を弔いながら、現在に至るまで城跡を守り続けていくことになります。
 安土城跡は大正15年(1926)に史蹟に、昭和27年(1952)に滋賀県蒲生郡安土町・東近江市(旧能登川町)にまたがる約96万uが特別史跡に指定されました。

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