海津城築城までは信玄の信濃攻略の拠点となっていた塩崎城。
第4次川中島合戦でも海津城に入る前にここに兵を集めて川中島に向かっている。古くは大塔合戦の舞台にもなった山城だ。
長谷寺の裏手から入山する。信玄はどんな気持ちでこの山道を登ったのか。細い山道の曲がり角ごとに石仏が安置されている。
石仏の表情を楽しみながら登る。木々の若芽が開いてすっかり春の装い。
5分も登ると松代方面を向いて建てられた石仏群に驚く。西国三十三ケ所巡りができるように昭和年代に建立されたものらしくまだ新しい。
これらが苔むすころには名所として喧伝されることになるのだろうか。
山城の遺構は岩場を回り込んだ辺りから木々の間に見え隠れしはじめる。小規模ながら苔むした石積みが見られる。
右手に何段もの段郭が築かれているようだが茂り始めた木々の緑に遮られて判然としない。
汗が噴き出した頃に本郭と思しき頂に到達した。前面に土塁、その下方に本郭より広めの郭が削平されている。
背後は深く落ち込んでおり堀切と竪掘で尾根筋から分断されている。典型的な山城の仕様だ。
ヤマツツジが石仏に供えられるかのように鮮やかな赤い花をつけていた。今シーズンの山城歩きもそろそろ終わりのようだ。