このところ慌ただしさに取り紛れ、またシーズンオフのこととて新刊が無いということにかまけて通勤娯楽の発行が滞っていて申しわけありません。
新年だというのに相変わらず先行き不透明、そのせいかJR中央線の人身事故や
ためらい?の線路内立ち入りが後を絶ちません。先日も人身事故で全線ストップ。
復旧待ちの合間に飛び込んだ荻窪駅前の古本屋で発見したのがこの本。
まだ海と川とがダムや堰堤などで辛うじて隔てられていなかった頃の東京近郊の
とある川に棲むハヤを主人公にした物語。
「鮠吉物語」 山田夢川 大陸書房 1300円 1979.7.11
魚を擬人化して主人公にしているからさぞかし童話的な物語だろうと思ったのはまったくの先入観。
四季の移ろいの中でハヤの鮠吉が体験する様々な事件を簡潔な
文章で綴る。
早春の淵の中の魚たち、寒気を避けて湧水のある淵で冬を過ごすハヤ、ヤマベ、
ウナギ、ギバチ、そして洪水で押し流されてきたヤマメ。春の訪れとともにハヤは
淵がしらへ、ヤマメは瀬に出て活発な就餌活動を行う。だが春を待っていたのは釣
り人も同じこと、しかし魚にとっては生き残りを賭けた日々の始まりだ。釣り人が
仕掛ける様々な罠や誘惑、若い魚たちは次々と水中から抜き上げられて行く。
釣り人が流す餌や誘いを見破る知恵を持ち得た者だけが生き残れる。餌の種類や
流れ方、微妙な変化で釣り人のそれと見破る鮠吉の知恵がリアリティある描写で楽
しめる。
やがて初夏、爽やかな風とともにアユの群れが遡上してくると、川はさらに危険に満ちた場所になる。
投網、コロガシ釣り、ドブ釣り、トモ釣りと、アユを狙った仕掛けのとばっちりを受けて次々と命を落とす仲間達。
そして台風による出水も命を脅かす。秋から冬にかけてはハヤを専門に狙うベテ
ラン釣り師も現れて鮠吉もあわやというところで鉤素が切れて命を長らえる。
川の流れの中の四季の移り変わりとともに繰り広げられる魚たちの生活と、釣り
人たちとの生死を賭けた知恵比べの物語を淡々とした簡明な文章で活写。読み進め
るうちにあたかも自分が水中にいるかのような錯覚に囚われ、渓魚が益々愛おしくなるから不思議。
魚を主人公にした小説としては他に
「ヤマメ物語」 二階堂清風 叢文社 1600円 1999.9.29
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