師走の声を聞き、何だかんだと慌ただしい毎日です。通勤娯楽もすっかり無精してしまいまし
た。
このところメールマガジンを発行すると部数が減り、発行をサボるとジワジワと回復すると
いうパターンの繰り返しです。
でもまあのんびりと気長におつき合いください。いずれあなたにピッタリの一冊が見つかることでしょう。
ここ数年来「田舎暮らし」がある種のブームだそうな。
経済成長期に地方から都会に出てきた人々が一定の年齢に達しての田舎への回帰願望、
不況期における釣りやアウトドアライフブーム
の延長線上に、
あるいは都市生活者のなかにある田舎生活への漠然とした憧れ、そんなこんなが
錯綜しての田舎暮らしブーム。
だが、この本はそんな願望とは無縁、釣り竿を通して山村の有り様を考える。
「山里紀行・山里の釣りから2」内山節
日本経済評論社1600円 1990.4.25
「私のように山女や岩魚を追う釣りは、一般には渓流釣りと呼ばれる。しかし私にはこの言
葉には違和感があった。渓流で釣るから渓流釣りというのであろうが、私が志向してきた
釣りはそれとは少し違っている。私が好んできた川、それは自然がつくりだした川であり
ながら、村を流れ、人間たちの暮らす里を流れる川だったはずだ。それなのに渓流釣りと
言ってしまうと、川と人間たちの暮らしの結びつきが無視されてしまうような気がした。
さんざん考えたあげく私は自分の釣りを「山里の釣り」と名付けた。」
戦後の日本では急速に進行した山村の過疎化。ヨーロッパや日本の山里を釣り歩き、
それぞれの山里に住む人々の暮らしに触れながら考察を加える。
「ヨーロッパの山村には過疎化という言葉自体が成立しない」と著者は言う。
山里の人々と触れ
合いながら山村を考える著者ならではの論考が興味深い。
釣り竿は著者にとってはアンテナか杖のようなもの、釣りの腕前は不明(^−^)
一方で私の釣りは何だったのか?と考えてしまった。
前日深夜に釣り場に到着、夜明けと共に
渓流に降り立ち竿を出す。
たまたま出会うのは釣り人と入漁料を徴収しにくる監視員だけ。
上手
く行けば?誰にも会わずに釣りだけをして自己完結して帰ってくる。
こんな釣りは著者からする
といったい何と言うべきか?
本書に先駆けて1980年に日本経済評論社から発行された「山里の釣りから」は文庫本になって
いる。
「山里の釣りから」
岩波書店同時代ライブラリー 1100円 1995.7.17
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